紫だちたる雲の細くたなびきたる blog

春はあけぼの(をかし)

ダーツライブ3!!

昨日の夜にちょうどダーツライブ3が空いたタイミングでネットカフェに入れたので妻とナイトパック9時間コース突入して遊び尽くして来ました。

右手が多少腱鞘炎気味で右足も結構キてますが楽しかったです。

センターカウントアップ(真ん中に近いほど高得点)とかスキルチェックとか、3の特徴を生かしたゲームが超楽しい!

痛いの我慢してでもたっぷり遊べて大満足。仕事に響かせないように手首に湿布して寝ますw

なかなか3で遊ぶ機会がまだまだ少ないのと、まだオンライン対戦とかクリケットカウントアップとかパーティーゲーム系が未実装ではありますが十分楽しめますよ!

一週間って

こんなに長かったっけ?

しばらく離れていたせいで、色々かわってて模索の日々。

 

Pythonの勉強始めました

朝の通勤電車で公式サイトのチュートリアルを読む日々。

Python楽しい。

 

惜しむらくは体力落ちてて会社にパソコン持って行くのがしんどいことかな~

リスト内包表記、数学の集合理解してると、そういうことかって理解の幅が広がったよ

 

近い将来、人工無能作って公開してみたい

つれづれなるままに

日暮らしスマホに向かい心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書き作れば怪しうこそ物狂おしけれ

 

特になんということもないが覚えてるもんだねえ、つれづれぐさ

 

 

スマホから書く

最近、ブログの更新をスマホから行うようにしています。

キーボードをたたくのと同じ位でスマホから文章を書く人がいるというのを聞いて、自分もフリック入力の練習をしておいた方が何かと今後の役に立つのではないかと思うからです。

でも自分のはATOKの扇形フリックだからなあ。通常の十字フリックとはだいぶ違うのよね、これ。

濁点や小文字入力が往復フリックや下フリックで入力できるのが利点です。しかしスマホだと片手で入力しづらいね

天文学者になればよかった

”君がここから出て行くわけは幸せ描いた僕の設計ミスさ
さだまさし天文学者になればよかった」より)

自分が天文学に興味を持った直接のきっかけはハレー彗星ブームだったと思う。小学校高学年に上がる頃、ちょうど76年ぶりにそいつがやってきた。
明治大正の頃とは違い、いついつどこどこの空にどのくらいの高さで見えるのかまで正確に計算されつくしたそのほうき星は、ほうきが目立つようになるのが太陽に近づく頃であるがために朝早くの空にしか上らず、結局肉眼や買ってもらった天体望遠鏡では見ることができなかったように記憶している。
しかし、天体望遠鏡は、他の天体を見ることで宇宙の美しさを教えてくれた。
土星の輪は家庭用の天体望遠鏡でもハッキリと見ることができた。
木星ガリレオ四衛星も見ることができた
月面のクレーター・海・ティコ山の光芒などが地球の大気でゆらぎながらよく見えたこと、各天体が地球の自転のためにどんどん動いていくことなどもよく覚えている
星について本をよく読み、星の名前や星座などをかなり覚えた
カール=セーガンの「COSMOS」のビデオを見たのもこの頃だったと思う。小学生の自分には多少難しかったが、でも、火星表面の画像やヘイケガニの話、フラスコの中の茶色い何か(それが有機物という生命の原料だと知るのは高校以降)は覚えている。小学生の自分は自分は博士になってノーベル賞をとるのだとのたまっている。(卒業文集に残っている)
 中学に上がる頃、中学受験などでそれほど星を見ることはなくなっていたものの、それでも宇宙への興味は尽きなかった。「COSMOS」は何度となく繰り返し見ていた。
ビッグバン、相対性理論、金星の厚い大気による温暖化、砂嵐による惑星の寒冷化などなど、宇宙は好奇心旺盛な当時の僕を惹きつけてやまないトピックスに溢れていた。

 高校に上がり、大学受験を意識し始めた僕は悩む。小学校の中学受験の頃から算数・数学が苦手なのだ。中学の物理のテストで(100満点の)6点を叩きだしたこともある(笑)。
微分積分を知っている今なら80点は取れるはず(笑)

 宇宙への興味は尽きない。中学の図書館でカール=セーガンの「Contact」を読んではわくわくしていたし、ブルーバックス量子力学やホーキングの宇宙論といった最新の宇宙論のさわりは知っている。

 自分はどうしたい。何がしたいと思ったときに浮かんだのは、「人類を救いたい」だった。東西冷戦は終結を迎え、ソ連崩壊により核戦争の危機は遠ざかった。でも途上国の人口爆発の問題や中東問題(宗教戦争・民族紛争)、ユーゴスラビア紛争など地球規模で見たときにとても困難な問題は色々待ち構えている。
 自分には何ができるだろう。折しも二酸化炭素など温暖化ガスによる温室効果が話題になり始めたころだった。これだ。幸い化学は物理より点数が良い。
 インターネットがまだぜんぜん普及していなかった当時、学校案内かなにかで京都大学の工学部に二酸化炭素について扱う研究室があることを知っていた。当時、工学部の化学系は工業化学科としてまとまった所だった。決定。

 受験に際して、二次試験のために京都で泊まったホテルで、冬季オリンピックジャンプ競技をみていた。アナウンサーが絶叫する。
「原田落ちたー!!」
うわー!絶叫したいのはこっちじゃアホ-!
※ちなみにあの"レジェンド"葛西選手はこのときも飛んでいた(笑)

格通知を受け取ったのは3月の中旬だった。
「わし、大学入ったら、SFC買ってゲームやるんや・・・」(死亡フラグ


5年後、化学をあきらめ、休学して小さなシステムインテグレーター会社に入る自分がいた。原田選手のあれはこれを暗示していたのだろうか(いいえ私の怠慢です)


人生にIFもELSEもないけど、もし自分が高校時代の自分に向けて何か言うなら
「お前は何に興味を持っているのかもう少しよく考えてみろ」
と言いたい。点数がよかったから化学を選んだつもりはない。志望校に入りやすそうだったから化学を選んだつもりも毛頭ない。今でも放送大学で化学の授業を見かけたら見てしまうくらいには化学が好きだ。しかし。
「君が図書館に入って手に取っていた本は何の分野の本?」
物理が多かった。コンピューターも当時から触っていたし、BASICのプログラムくらいは書けたけど、僕が読んでいたのは相対性理論の本や量子力学に関する本だった。
数学が苦手だ。でも、数学の担任の家に正月早々から押しかけて京大の数学の問題を解く位には数学に取り組むことはできていたのだ。
物理天文学をやれば良かったのかもしれない。小学生のころ思い描いたノーベル賞の夢に近づくためには理学部物理系に入れば良かったのかもしれない。

”幸せの設計技師になれずに傷ついた若者の肩を抱いて
 したり顔でやさしく言ってやるんだよ きみぃ
 それでも地球は回っている
さだまさし天文学者になればよかった」より)

今はLIFULLという会社で「あらゆるLIFEをFULLに」するべく頑張っています。
※休職中ですがorz